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仙台地方裁判所 昭和55年(ワ)378号 判決 1985年9月19日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人

増田隆男

増田祥

吉岡和弘

被告

有限会社マルヤタクシー

右代表者

山口二郎

右訴訟代理人

菅野敏之

菅野美穂

主文

一  原告が被告に対し雇用契約に基づく権利を有することを確認する。

二  被告は原告に対し金一二九五万九三七五円を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業)を主たる目的とする資本金五〇〇万円の会社である。

原告は昭和五二年一一月被告と期限の定めのない雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結し、昭和五四年八月当時被告から月額金一九万九三七五円の賃金の支払を受けていた。

2  被告は昭和五四年八月一二日原告を解雇したとして、原、被告間の雇用契約の消滅を主張し、原告に対して昭和五四年九月分以降の賃金を支払わない。

よつて、原告は被告に対し、雇用契約に基づく権利を有することの確認及び昭和五四年九月から同六〇年一月三一日(本件口頭弁論終結時)までの未払賃金合計額金一二九五万九三七五円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は全部認める。

三  抗弁

1  解雇による本件雇用契約の消滅

(一) 被告は原告に対し、昭和五四年八月一二日原告を解雇する旨の意思表示をし(以下「本件解雇」という。)、その際、労働基準法(以下「労基法」という。)二〇条に定める解雇予告手当として三〇日分の平均賃金を上回る金二二万円を原告に支払つた。

(二) 本件解雇の理由は次のとおりである。

(1) 前科、前歴の秘匿

企業が従業員の採否を決定する際には、企業秩序の維持の必要上被用者となる者の経歴等を含む全人格的価値判断が必要となつてくるものであり、右の資料の提出を求められた者は、その資料の一つである経歴を秘匿したりすることなく開示して、企業の正当な価値判断を誤らしめないようにする信義則上の義務があるところ、原告は、左のとおり確定した有罪判決たる前科及びその他の犯罪歴があるにもかかわらず、被告が本件雇用契約を締結するにあたつて提出を求めた履歴書の「賞罰」欄にこれを記載しなかつたことから、被告は誤つて原告を採用した。

(原告の前科、前歴)

昭和二四年四月二日

強盗(懲役五年)

同 二九年一月二二日

窃盗(起訴猶予)

同 三〇年八月一日

窃盗(起訴猶予)

同 三〇年一二月

傷害(罰金五〇〇〇円)

同 三〇年一二月八日

窃盗(懲役一年六月)

同 三七年二月一七日

恐喝(懲役六月)

同 三八年三月一二日 窃盗

その他二犯

被告が原告に右のような前科、前歴のあることを知つたのは、昭和五四年八月八日頃であるが(同月二日被告に入社した元警察官伊藤寔の調査報告による。)、被告は原告の右のような不誠実な経歴秘匿を知り、その他にも原告には左記(2)以下のような背信行為があつたため、原告を解雇する意思を固めたものである。

(2) その他の背信行為

① 原告は、神戸商船外燃科を卒業していないにもかかわらず(なお、同校には外燃科という科自体もなかつた。)、前記履歴書中に昭和二三年これを卒業した旨記載し、また仙塩タクシーに勤務していた期間についても事実に反する記載をした。

② 原告は被告の元従業員であつた佐藤展顕(以下「佐藤」という。)と共謀して、昭和五四年七月二八日午後二時頃株式会社三越仙台支店外商部長国島博(以下「国島部長」という。)を被告営業所に呼び出したうえ脅迫するなど、被告の社会的信用を失わせる行為をした。

③ 原告は、被告が佐藤を入社させるに際し、同人が入れ墨をしている暴力団員であつたにもかかわらず、故意に同人は暴力団員ではない旨の事実に反する報告を被告になし、同人の採用に関する被告の判断を誤らしめ、また入社後の同人の監督を怠つたため、同人は昭和五四年五月一八日及び同年七月二九日の両日暴力行為、傷害事件を起こし、被告の信用を失わしめることになつた。

④ 原告は、被告が佐藤を解雇した際の昭和五四年八月三日、被告営業所内の乗務員休養室に乗務員全員を集め、被告に無断で集会を開き、被告の口頭による警告を無視して乗務員に同日午前八時三〇分から午後一時頃まで職場放棄を扇動し、全乗務員に就業を拒否させた。

⑤ 原告は昭和五四年五月二七日頃、被告専務山口進から、阿蘇一夫(以下「阿蘇」という。)の試雇用期間満了に伴う採否決定のための判断資料として同人の勤務状態を聞かれた際、自己の昇進をはかるため同人が無断で被告名義でLPガスを購入し、自己の車に使用して横領している旨虚偽の報告をなし、同人を懲戒解雇するよう進言して、被告をして同人を解雇するか否かの判断を誤らせた。

2  原告における本件解雇の承認

原告は、本件解雇にあたり被告から提供された前記解雇予告手当を全額異議なく受領し、右受領の翌日(昭和五四年八月一三日)、被告から貸与されていた夏・冬の各制服の返還手続等のため山口専務と会い、その際本件解雇については争う意思がなく、自らの意思で退職する旨言明していた。そして、原告が同月三一日山口専務の代理人である鈴木宏一弁護士と面談した際にも、本件解雇を承認し、その法的効力を争う意思がない旨を述べ、本件解雇を承認したから(なお、原告は同年九月被告に離職証明書の発行を求め、同月三日これを受領している。)、この点においても本件雇用契約は消滅しており、原告が本件解雇の効力を争うことは許されない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の(一)は認める。

2  同一の(二)の(1)につき、原告が被告主張の前科、前歴を有し、本件雇用契約締結の際、被告から提出を求められた履歴書の「賞罰」欄に右前科、前歴を記載しなかつたとの点は認め、その余は争う。

3  同1の(二)の(2)につき、①は認め、その余は否認する。

4  同2は否認する。

五  再抗弁

本件雇用契約を締結した当時、原告の前科は刑法上すでに刑の消滅(刑法三四条の二)をきたしていた。

いうまでもなく、刑の消滅の制度は、「前科者であつても更生すれば前科のない者と同様の待遇を受けるという原則を樹立することによつて彼等に希望を与え、それによって更生の意欲を助けようとするところにある」から、原告が本件雇用契約を締結するにあたつてすでに消滅した自己の犯罪歴を秘匿したのはむしろ当然のことともいえる(なお、原告は、昭和四一年以降全く再犯に陥ることなく過ごしてきたのみならず、積極的に更生に努め地域社会の防犯協会連合会から表彰を受ける程になっている。)。しかも、被告が原告の右犯罪歴を知つたのは本件解雇後の調査によつてであるから、そもそも解雇理由の中からは排除すべきであり、本件解雇にとつて原告の右犯罪歴は単なる口実にすぎず、その他の経歴の詐称も極めて瑣末なものであつて、これらが原、被告間の信頼関係を著しく損うとか、被告の企業秩序を侵害するとかいつた性質のものでないことも明らかであるから、本件解雇は何ら正当な理由に基づかない濫用にわたるものとして無効である。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一本件解雇の有効性

請求原因事実及び抗弁1の(一)の事実(解雇の意思表示及び解雇予告手当の支払)は、当事者間に争いのないところ、使用者が労働者を解雇するについて、当該解雇事由が具体的事情のもとにおいて労働者を解雇するに足りるだけの客観的な合理性を欠き、社会通念上相当として是認できないときは、当該解雇は解雇権の濫用として無効になるというべきであるから、以下これに即して本件解雇の効力を判断することとする。

1  原告が解雇されるまでの経緯

右争いのない事実に、<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  被告は、従業員が約一〇名、稼働車両台数が五台前後の小規模な会社で、取締役たる役員は代表取締役の山口二郎とその実弟の山口進のみで構成され、右両名はそれぞれ医師免許をもち、仙台市、泉市で開業医を営んでいる。なお、被告においては、山口二郎が社長、山口進が専務との肩書きを有していたが、日常の業務全般は主に山口進に委ねられていた。

(二)  原告は被告に運転手として入社後、昭和五四年三月一日から本件解雇時までは被告営業所副所長として主に運行収益の管理、乗客からの配車注文の応待等にあたつていた(なお、この間被告の指示に基づき、昭和五三年一二月六日他の全従業員とともに被告を一旦退社し、翌七日一名を除く他の右従業員とともに再入社するとの手続が形式的に採られ、同手続の際前掲乙第六号証の履歴書が原告から提出された。)。

(三)  昭和五四年三月三日頃、被告は阿蘇を運行管理者として試雇用(試雇用期間三ケ月)したが、同年五月三〇日、同月三一日付けをもって同人を解雇した。

(四)  ところが阿蘇は右解雇の際被告から解雇予告手当の支払を受けなかつたことから、同年六月七日仙台労働基準監督署(以下、「労基署」ともいう。)に右不払の事実を申告したところ、同労基署の労働基準監督官が同月二二日被告営業所を臨検し、同月二六日頃被告に対し、被告従業員に対する過去三ケ月分の深夜労働割増賃金の支払及びいわゆる三六協定の締結を同年八月五日を最終期限として速やかに実施すべしとの是正勧告が下された。

(五)  また、労基署は、阿蘇の解雇予告手当不払の件に関し、同年七月四日及び同月一三日の二度にわたり山口二郎、原告及び阿蘇から事情を聴取し(一三日には監督官の面前で右三名を対面させたうえ事情を聴取した。)、その結果、同月二四日被告に対し、阿蘇に対する解雇予告手当を支払うべきであるとの是正勧告書を送付した。

(六)  右是正勧告を受けた山口二郎は、阿蘇の解雇に関する問題がこじれ是正勧告まで受ける結果となつた原因は原告にあるとし、原告にその責任を追及したため、同月末日頃原告は、山口二郎に対し副所長から一般運転手への降格を申し出たが、同人からの返答は留保された。なお、阿蘇への解雇予告手当は同年八月四日頃支払われた。

(七)  昭和五四年七月二八日、山口進は原告に対し、同年六月初旬から試雇用中(試雇用期間三ケ月)の佐藤運転手は上半身に入れ墨をしており問題が多いことを株式会社三越仙台支店(被告従業員着用の制服納入業者)から知らされたとして、同人を即刻解雇するよう命じた。そこで、原告は同日、佐藤に山口進の右解雇の意向を伝えたが、原告自身としては同人の解雇に納得がいかなかつたことから、三越仙台支店に事実を確認すべく同店の被告担当者木村某に電話をしたところ、同日午後、右木村及び国島部長の両名が被告営業所を訪れ、原告及び佐藤と面談した。なお、佐藤は山口進の言にあったとおり被告入社以前から上半身(上腕者)に入れ墨をしていた。

(八)  昭和五四年八月三日、佐藤は被告に対し雇用契約の存続を主張し、当庁に地位保全等の仮処分を申し立て(申請日が右のとおりであることは当裁判所に顕著な事実である。)、他方被告は、同月四日、同年七月三〇日付けをもつて試雇用契約を解除する旨佐藤に通知し、同通知は翌五日同人に到達した。

(九)  昭和五四年八月三日、原告をも含めた被告の運転手たる従業員は、午前八時三〇分頃から被告営業所において労基署から是正勧告のあつた割増賃金の支払要求及び三六協定締結の代表者選出等を主な議題として集会をもつたため、山口進から車両運行命令があつたにもかかわらず、同日午後一時頃までの間被告営業車六台のうち運行されたのは庄司秀一運行管理者(阿蘇の後任者として同年六月一日被告に入社した。)運行一台のみであつた。

(一〇)  昭和五四年八月一一日、被告は別紙記載のとおりの解雇事由を記載した解雇通告書を解雇手当金の二二万円を含む四四万円を添えて原告に送付し(翌一二日到達)、同月一二日付けをもつて解雇する旨の意思表示をした。

2  被告主張の解雇事由の存否

本件解雇に際し被告が原告に示した別紙に記載の解雇事由と、本件訴訟において被告が主張する原告の解雇事由には異なるものもあるが、解雇の時に告知された解雇事由以外の事由であつても、解雇の当時に存在していたものである限り、当該解雇の効力に影響を与えるものというべきであるから、その効力を解雇の時に告知された事由のみに限定して判断すべき理由はないといわなければならない。

そこで、以下においては、さきに認定した原告が解雇されるまでの経緯を踏まえて本件訴訟で被告の主張する解雇そのものが存在していたか否かについてまず判断する。

(一)  前科、前歴の秘匿及び経歴等の詐称

原告が被告主張の前科、前歴を有していること、本件雇用契約を締結する際、被告から提出を求められた履歴書の「賞罰」欄に右前科、前歴を記載せず、また学歴、職歴についても被告主張のとおり事実と異なる記載をしたことについては当事者間に争いがない(なお、弁論の全趣旨によれば、原告は本件雇用契約締結の際前掲乙第六号証の履歴書と同一内容を記載した履歴書を提出したものと認めることができる。)

(二)  国島部長脅迫の事実

前記認定のとおり、原告及び佐藤の両名は昭和五四年七月二八日被告営業所で国島部長と面談した事実が認められるところ、<証拠>中には、右面談は、三越仙台支店に電話をしてきた原告が佐藤の入れ墨に関する被告への情報提供者を明らかにするよう激しく迫つたため、やむなく国島部長と木村の両名が被告営業所を訪れた結果もたれたものであること、右面談の際も原告と佐藤は国島部長に情報提供者を明らかにするよう激しく迫つたため、同部長は、原告が一見して暴力団の風体であり、事実を述べれば同店の今後の営業にもさしさわりがあると考え、その場を適当に取り繕って辞去したこと、同部長は原告らから右面談の事実を絶対に口外しないよう約束させられたが、翌日これを山口二郎に電話で伝え、その後山口進が同部長に面会し、右面談に至るまでの経緯及び面談状況を聴取したとの供述及び記載部分がある一方、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第八号証(弁護士増田祥作成の国島博部長に対する電話聴取書)には、同部長から、右面談は紳士的な雰囲気で行われたこと、国島部長が佐藤の入れ墨の件を被告に情報提供したことはないとの回答があつた旨が記載されており、原告本人尋問の結果(第一回)中にも同旨の供述部分がある。

右のとおり、右面談に関するものとして当事者双方から提出された証拠の内容は著しく相違するものであるが、これらはいずれも当事者ないしは当事者的立場にある者の供述証拠であつて様々に推測をすることができるものの、これのみでは各証拠の証拠価値の優劣までは決し難く、これを他の証拠と総合判断しても、被害者とされる国島部長からの直接の供述が得られない以上、右面談が被告の主張するような脅迫的なものであつたとまで断定するには証拠が不充分であるといわざるをえない。

したがつて、この点についての被告主張の解雇事由は認めることができない。

(三)  佐藤との雇用契約の締結を誤らしめ、また同人の監督を怠つたとの事実

前記認定のとおり、佐藤は昭和五四年六月初旬運転手として被告に試雇用されたもので、右試雇用以前から身体に入れ墨をしていたところ、成立に争いのない乙第一〇号証(昭和五四年八月二二日の河北新報記事)によれば、同人は同年五月一八日及び同年七月二九日の二度にわたって以前勤務していたタクシー会社の運転手に暴行を加え、同年八月二一日逮捕されたことが認められ、また右新聞記事は佐藤を暴力団組員として報道していることが認められる。

ところで、佐藤が被告に試雇用されるまでの経過をみてみると、<証拠>によれば、佐藤は公共職業安定所の求人票により被告に応募してきたもので、原告が被告営業所を訪れた同人とまず面接し、次いで(翌日)山口進が佐藤と面接し、同人の採用に積極的な原告の意見を斟酌し、その試雇用を決定したことが認められるが、それ以上に、原告が佐藤について新聞で暴力団組員と紹介されるような人物であるということを知りつつこれを秘し被告に同人を採用させたというまでの事実を認めさせるに足りる証拠はない。前掲乙第五二号証(山口進作成の陳述書)中には、原告が佐藤と従前から面識があり、その素性を熟知していたはずであるとして縷々事情を述べている部分があるが、その内容はにわかに措信し難いものや、推測の域を出ないものが多く、採用のかぎりではない。

また、佐藤の前記暴力行為は、被告に入社する前と山口進の命を受けて原告が佐藤に対し解雇の意向を伝えた後のものであることがこれまでの認定事実からして明らかであるから、この点について原告の監督責任を云々する余地はない。

したがつて、佐藤の雇用及び監督に関する被告主張の解雇事由も理由がない。

(四)  全従業員に職場放棄を扇動し、就業を拒否させたとの事実

昭和五四年八月三日、原告が被告に運転手として雇用されている従業員とともに集会を開き、同日午後一時頃まで営業車五台の運行を停止したことは前記認定のとおりであり、しかも原告は、右当時副所長の地位にあつたとはいえ既に運転手への降格を山口二郎に申し出ていたことも前記認定のとおりであるから、原告が右集会においてある程度中心的な役割を果たしたであろうことは容易に推認しうるところであるが、さりとてそれ以上に、右集会及び営業車五台の運行停止が原告の他の従業員に対して職場放棄をそそのかした結果によるとまでの事実を認めさせるに足りる証拠はない(この点に関する<証拠>は措信できない)。

したがって、被告主張の右解雇事由も理由がない。

(五)  阿蘇の解雇に関する判断を誤らせたとの事実

前記認定のとおり、阿蘇は昭和五四年三月三日頃から運行管理者として被告に試雇用され、同年五月三一付けをもつて解雇されたものであるところ、これまでの認定事実に、<証拠>を総合すれば、阿蘇の解雇に関しては次の事実を認めることができる。

(1) 昭和五四年五月二七日、原告は山口進に対し、阿蘇が同年四月中に二度にわたつて合計一一七リットル(代金五八五〇円相当)のLPガスを被告名義で自己の自動車に無断で給油している旨報告した。

(2) 右報告を受けた山口進は、更に給油業者(三福商事株式会社)から送付されてきた給油伝票(二枚)を原告に提出させ、これにより阿蘇が被告名義で自己の自動車にLPガスを給油している事実を確認するや、同人からは弁明を聴取しないまま、同人の行為が被告に対する横領にあたると速断し、同人の試雇用期間が満了する同年五月三一日付けをもつて解雇予告手当を支給せずに同人を解雇することと、後日右手当の支払をめぐつて紛争の生じることを懸念して右伝票二枚を保管しておくよう原告に申し付けた。

(3) 同月二九日、原告は阿蘇に対し、試雇用期間の満了をもつて解雇するとの被告の意向を伝え、翌三〇日、山口二郎は阿蘇に対し、格別の理由を示すことなく同月三一日付けをもつて解雇する旨直接申し渡した。

(4) 阿蘇は右解雇通告を受けた後、山口二郎宅等に赴き解雇予告手当の支払を求めたが、これを拒絶されたため、同年六月七日労基署に解雇予告手当不払の事実を申告した。

(5) 右申告に対して山口進は、阿蘇が前記のとおりLPガスを被告に無断で自己の車に給油し横領した旨記載した報告書を作成し労基署に提出したが、労基署の要請により同年七月四日と一三日の二度にわたり山口二郎と原告の両名が事情説明のため労基署に赴き、特に一三日には阿蘇と対面したうえ事情を聴取された結果、同人が被告名義で自己の車にLPガスを給油したことについては、あらかじめ口頭で原告の了解を得ていたことが明らかになり(原告も一三日の事情聴取においてこれを認めた。)。結局、同年八月四日、被告から阿蘇に解雇予告手当が支払われた。

以上のとおり認められ、右認定事実に反する前記各証人の証言と原告本人及び被告代表者の各供述はいずれも措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、阿蘇の解雇は同人のLPガス給油に関する原告の誤つた報告に端を発したもので、その後の解雇予告手当の支払に関する紛議も原告の曖昧な態度が一因をなしていたということができるが、阿蘇を懲戒解雇として解雇予告手当を支払うことなく解雇することに決定したのはあくまでも山口進であつて、原告が右のような解雇手続を採るよう進言したとまでいうことはできない。

もつとも、被告は、右のような誤つた報告をした原告の意図は阿蘇を解雇して自己の昇進を図ることにあつた旨主張するのであるが、<証拠>によれば、原告は業務運転歴を一部偽つて運行管理者資格を取得するための基礎講習(自動車事故対策センター法三一条一項一号)を受講していたことが認められるものの、右証拠によれば、原告が右講習の受講申込みをした日は、前記認定のとおり庄司秀一が運行管理者として阿蘇解雇の翌日である昭和五四年六月一日に被告に雇用された後である(同月二五日)ことが認められるから、これが原告の阿蘇の解雇に対する何らかの作為と結びついているとまでは認め難く、また、原告と阿蘇とが日頃不仲であつた旨の証人山口進の証言(第二回)も証人阿蘇一夫の証言に照らしてにわかに借信しえず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

したがつて、阿蘇の解雇に関する被告主張の解雇事由については、原告が被告に誤つた報告をしたため阿蘇の雇用継続の判断に影響を与えたという限りにおいてのみ理由があるといわなければならない。

3  被告主張の解雇事由の評価

前記のとおり、被告主張の解雇事由については、そのうちの前科、前歴の秘匿、学歴、職歴の詐称及び阿蘇の雇用継続の判断に影響を与えたことの三点を認めることができるから、次に、これらの事由が原告を解雇するに足りるまでの合理性、相当性を有していたか否かについて検討する。

(一)  前科、前歴の秘匿

原告の秘匿した前科は昭和三七年二月一七日(但し、判決言渡日、判決確定日、刑の執行終了日などのうちいずれであるかは判然としない。)の恐喝罪による懲役六月を最終とし、原告本人尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和四一年以降は罰金以上の刑に処せられたことがないと認められるから、本件雇用契約の締結時においては原告の前科はすべて刑の消滅(刑法三四条の二)をきたしていたと推認できるところ、原告はこのように既に刑の消滅している前科を秘匿したこと自体を理由に労働者を解雇することはできない旨主張する。

そこで、この点について検討してみると、使用者が雇用契約を締結するにあたつて相手方たる労働者の労働力を的確に把握したいと願うことは、雇用契約が労働力の提供に対する賃金の支払という有償双務関係を継続的に形成するものであることからすれば、当然の要求ともいえ、遺漏のない雇用契約の締結を期する使用者から学歴、職歴、犯罪歴等その労働力の評価に客観的に見て影響を与える事項につき告知を求められた労働者は原則としてこれに正確に応答すべき信義則上の義務を負担していると考えられ、したがつて、使用者から右のような労働力を評価する資料を獲得するための手段として履歴書の提出を求められた労働者は、当然これに真実を記載すべき信義則上の義務を負うものであつて、その履歴書中に「賞罰」に関する記載欄がある限り、同欄に自己の前科を正確に記載しなければならないものというべきである(なお、履歴書の賞罰欄にいう「罰」とは一般に確定した有罪判決(いわゆる「前科」)を意味するから、使用者から格別の言及がない限り同欄に起訴猶予事案等の犯罪歴(いわゆる「前歴」)まで記載すべき義務はないと解される。)。そして、刑の消滅制度が、犯罪者の更生と犯罪者自身の更生意欲を助長するとの刑事政策的な見地から一定の要件のもとに刑の言渡しの効力を将来に向かつて失効させ、これにより犯罪者に前科のない者と同様の待遇を与えることを法律上保障しているとはいえ、同制度は、犯罪者の受刑という既往の事実そのものを消滅させるものではないし、またその法的保障も対国家に関するもので直接私人間を規律するものではないことからみても、同制度の存在が、当然には使用者に対し、前科の消滅した者については前科のない者と同一に扱わなければならないとの拘束を課すことになるものでないことはいうまでもない。

しかしながら、犯罪者の更生にとつて労働の機会の確保が何をおいてもの課題であるのは今更いうまでもないところであつて、既に刑の消滅した前科について使用者があれこれ詮策し、これを理由に労働の場の提供を拒絶するような取扱いを一般に是認するとすれば、それは更生を目指す労働者にとつて過酷な桎梏となり、結果において、刑の消滅制度の実効性を著しく減殺させ同制度の指向する政策目標に沿わない事態を招来させることも明らかである。したがつて、このような刑の消滅制度の存在を前提に、同制度の趣旨を斟酌したうえで前科の秘匿に関する労使双方の利益の調節を図るとすれば、職種あるいは雇用契約の内容等に照らすと、既に刑の消滅した前科といえどもその存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼさざるをえないといつた特段の事情のない限りは、労働者は使用者に対し既に刑の消滅をきたしている前科まで告知すべき信義則上の義務を負担するものではないと解するのが相当であり、使用者もこのような場合において、消滅した前科の不告知自体を理由に労働者を解雇することはできないというべきである。

これを本件についてみると、被告は、原告が本件雇用契約を締結するにあたり既に刑の消滅した前科及び前歴(前歴については被告からその告知を求められていなかつたと解されることは前記のとおりであるが、仮にそうでないとしても、原告の前歴は前科とほぼ同時期のものであり、これと同一の法的評価を下しうるものである。)を履歴書に記載しなかつたこと自体をもつて解雇事由とするものであるが、被告の営業内容は前記のとおり一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業)で、二度にわたる履歴書提出時における原告の労務内容もその一般運転乗務員というにすぎないものであるから、これら被告の業務及び原告の労務内容が原告に前記前科まで被告に告知すべきとの特段の事情を生ぜしめるとは到底いえないし、他に本件雇用契約において右特段の事情にあたる事実を認めさせるに足りる証拠もない。そうすると、本件において原告は、被告から提出を求められた履歴書の賞罰欄に自己の前科、前歴まで記載すべき信義則上の義務はなかつたというべきであり、これらを記載しなかつたこと自体をもつて解雇事由とする被告の主張は結局採用しえないものである。

(二)  学歴、職歴の詐称

使用者が学歴、職歴の告知を労働者に求める理由が労働力の適正な評価にあることは前記のとおりであり、原告はその提出する履歴書の該当欄に自己の職歴及び学歴を正確に記載すべき信義則上の義務を負つていたと解すべきであるところ、本件雇用契約において原告から提供することが予定されていた労働力の内容に照らすと、前記学歴の詐称が右労働力の適正な評価に何らかの影響を与えたと認めるに足りる証拠はなく、また前記認定の職歴の詐称(<証拠>によれば、原告は株式会社仙塩タクシーに昭和五二年二月頃から約半年間勤務していたものであるところ、履歴書の職歴欄にはこれを昭和五一年九月から同五二年六月まで勤務していた旨記載したことが認められる。)も、僅か三ケ月程の稼働期間のものにすぎず、原告の被告における勤務状況が右稼働期間の誤りを反映して当初の労働力の評価と異なつたものとなつたというような事実を窺わせる証拠も存しないから、結局右の詐称をもつて原告に重大な信義則上の義務違反があつたとまで考えるのは相当でない。

(三)  被告に阿蘇解雇の判断を誤らせたとの件

被告が阿蘇との雇用契約を解除したのは、同人のLPガスの使用に関し、原告が山口進に対し誤つた報告をしたことを契機とするのであるが、原告の右報告が殊更阿蘇を解雇し自己の昇進をはかるというような意図のもとになされたものとまで断定しえないことは前記のとおりである。

そして、これまでの認定事実に照らせば、阿蘇の解雇に関する問題がこれ程までに紛糾した要因の一つには、被告が労務管理上の要諦となる従業員の解雇という手段を選択するにあたり、解雇当事者たる阿蘇本人から解雇事由に関する弁明を全く聴取せず、問答無用とも評すべき態度で一方的にこれを決定したことにあり(このような被告の姿勢は、阿蘇が解雇予告手当の支払を求めて山口二郎宅等を訪れた際にも変わらなかつたし、原告に対する本件解雇、さらには前記佐藤の解雇においても全く同様であつて、その都度労使間の紛争を惹起させる被告の姿勢にはいささか首をかしげざるをえないものがある。)、この問題について自己の落度を棚に上げ原告のみに過酷な責任を追及することは当を失したものといわざるをえない。

以上のとおり、被告主張の解雇事由のうち、前科、前歴の秘匿についてはこれを解雇事由とすることはできず、学歴、職歴の詐称及び阿蘇の雇用継続の判断を誤らせたとの点についても、そのいずれもが独立しては勿論のこと、これらを総合評価したとしても到底原告を解雇するに足りるだけの合理性、相当性があるものとして是認することはできないのであつて、結局、被告の本件解雇の意思表示は解雇権の濫用として無効なものといわなければならない。

二原告の本件解雇承認の有無

被告は、原告が本件解雇を承認した旨主張するところ、これまでの認定事実に、<証拠>を総合すれば(但し、右証人伊藤寔、同山口進の各証言と原告本人尋問の結果中、後記措信しない部分を除く。)、昭和五四年八月一二日被告から本件解雇の通知及び解雇予告手当の送金を受けた原告は、翌一三日被告営業所近くに来た山口進に直談判を申し入れ、任意退職という形で被告を退社する意向はあるが解雇による退社には承服できない旨同人に告げ、その際同人との間で割賦金の支払が未了であつた冬用制服(被告従業員の制服は被告が業者にその代金を立替払し、従業員が被告に右立替金を分割して支払うというシステムを採つていた。)の清算についてのやりとりもなされ、同年九月中旬には原告が被告営業所を訪れ、被告に冬用制服を返納し、既払分割金の返還を受けたこと、同年八月三一日、原告は本件解雇の件につき山口進に強く面談を申し入れたことから、同人が代理人として鈴木宏一弁護士を立て原告との面談に応じたが、そこでも原告は、自分の都合か又は会社の都合による退職ならば応ずるけれども、解雇は承服できない旨を主張し、被告に善処を求め、これに対し被告は、同年九月一七日付け回答書で原告を解雇する意思表示を撤回する意思はない旨返答したこと(なお、この間原告は、同年九月国民健康保険に加入する必要上被告に離職証明書の交付を求め、受領している。)、原告は右回答を不満として、その後も再三にわたり、被告営業所や山口二郎、山口進宅等に赴き、本件解雇について和解の場を設定するよう求めたが、全く応じられなかつたため、昭和五五年三月本件解雇の無効を理由に地位保全等の仮処分申請事件を提起し、同年四月三日本件訴訟を提起したことの各事実が認められ、右認定に反する<証拠>はいずれも措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告は本件解雇の通知を受けた以後被告を退社すること自体については了解していたものの、その退社理由を解雇とされることについては一貫してこれを争い、被告に対してその撤回を求めるとともに、そのための話合いの場を設けることを強く求め続けてきたが、被告はこれに対し、解雇を撤回する意思はない旨原告に応答し、原告との話合いを終始拒否していたことが認められる。

ところで、解雇は使用者の一方的な意思表示によつて効力を発生するものであるから、その承認なるものは本来法的な意味をもたないものと考えられるのであるが、労働者の当該解雇への対応が以後解雇の効力を争わない旨の意思表明と評価できるか、あるいは、当該解雇の意思表示に使用者からの合意解約の申出も含まれていると認められるような状況において使用者と労働者との間で雇用契約を合意解約したと評価できる場合には、解雇の承認があつたものとして、当該解雇の本来の効力にかかわらず原則として雇用契約は消滅し、以後労働者は解雇の効力を争いえなくなるものと解するのが相当である。

しかるところ、本件解雇後の原、被告間の交渉の内容は前記認定のとおりであつて、原告は一貫して解雇の撤回とそのうえでの合意による本件雇用契約の解消を求めていたのに対し、被告は終始これを拒絶していたものであるから、原、被告間に前記解雇の承認というべき法的状態が形成されていたとみることができないことは明らかである。

したがつて、本件解雇については原告の承認があり本件雇用契約は既に消滅しているとの被告の主張は理由がない。

三以上によれば、原告は被告となお雇用関係にあり、本件解雇後原告が被告の労務に従事していないとしても、これは被告の無効な解雇の意思表示に基づくものというべきであるから、原告は民法五三六条二項により不就労の期間といえども被告に対して賃金請求権を有するものと解すべきである。

そして、本件解雇当時における原告の賃金が月額金一九万九三七五円であつたこと及び原告は昭和五四年九月分以降右賃金の支払を受けていないことは、前記のとおりいずれも当事者間に争いがないから、原告は被告に対し、昭和五四年九月から同六〇年一月三一日(同日が本件口頭弁論の終結時であることは記録上明らかである。)までの賃金として合計金一二九五万九三七五円の支払請求権を有すると解するのが相当である。

四よつて、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官武田平次郎 裁判官光前幸一 裁判官大門 匡)

(別 紙)

解雇通告書

当会社は左記理由により貴殿を昭和五四年八月一二日付をもつて解雇しますので通告致します。

一 貴殿は当会社の本社営業所副所長の地位にありましたが、阿蘇一夫を解雇するにつき、同人が当会社の給油先である三福商事より当会社名義で購入したLPガスを私用に供して横領したと報告し、同人を懲戒解雇するよう進言し、当会社の判断を誤らせ会社の名誉を傷つけたこと。

二 仙台労働基準監督署より昭和五四年六月二六日付是正勧告を受け、昭和五四年七月三一日まで是正報告を提出すべきものを提出せず職務を怠つたこと。

三 右是正勧告中深夜労働の割増賃金の支払に関し、右賃金は当会社の給与体系上歩合調整給に含まれることを知りながら、当会社の従業員に対し右事情を説明する職務を怠つたばかりでなく、逆に割増賃金を請求するよう扇動したこと。

四 昭和五四年八月三日当会社の許可なく、従業員の集会を開かせ、同日午前八時三〇分ころより午後一時までの間、当会社の営業車六台中五台の運行を停止させたこと。

五 佐藤展顕の試用期間中の解雇につき、事実に反し不当解雇である旨従業員に言いふらし、従業員に動揺を与えたこと。

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